ワタシノカラダ、ワタシノカラダ
マダ、タリナイ
タリナイ
モウスコシ
デモ、タリナイ
ダレカ、タスケテ…
じりりりりりりりりり……
ばしっ……ZZzzzzzz
タスケテ…
(だれの声だろう)
タ・ス・ケ・テ…
(遠くから呼ぶ声。電波で伝わってくる声。ん? 電波? なにか忘れてるような…)
がばっ
そ、そうだ。今日は瑠璃子さんと約束があったんだ。えっと、今何時だろ…がーん、もうこんな時間だ。だれだぁ、目覚ましとめたのはぁ (ぉ
いそいで着替えて階段をおりる。どたたたたた。えーいちょっとおなかすいてるけど、しょうがない。いってきまーす
・・・
ごうちゃんおそいなぁ…。なにしてるんだろう
ちりちりちり
あ、来る。
「瑠璃子さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」
あん。みんなの注目だよ。
「ごめん、ごめん、つい寝坊しちゃって」
…ちょっといじわるしちゃお
「ごうちゃんが、こない…」
「あの、瑠璃子さん?」
「ごうちゃんが、今日もこない…」
「おーい」
「あ、にゃおん、どこいってたの?」
「あうぅ 瑠璃子さーん (;_;)」
「くすくすくす」
「あの、瑠璃子さん、いったい…」
「“おしまいの日”ごっこだよ。知らない?」
「はぅン」
「けっこう待ったよ」
「ごめんなさい (-_-)」
「くすくす。いいよ。あ、ごうちゃん朝ごはんは?」
「食べてこなかった」
「私も食べてないの。どこかでちょっと食べていく?」
「そうだね」
「じゃあ、そこのヤクドで、モーニングセットでも。ちょうどキャンペーンで安いし (^^)」
「うん。そうしようか」
「いらっしゃいませー。ご注文は?」
「モーニングセット2つ。飲み物は、コーヒーと、えっと瑠璃子さんは?」
「ミルクティーがいいな」
「じゃそれで」
……もぐもぐ
「でも、今日はなんでまた、僕も?」
「…ちょっと私の力だけだと足りないかもしれないから…」
「力…って電波のだよね?」
「そうだよ」
「電波の力で壊れちゃったココロって、電波の力で元にもどしたりはできないよね?」
「うん。電波そのものではだめだよ。私はただ呼び掛けてるだけ。ココロを直せるのはやっぱり自分だけだよ」
「じゃあ僕なんかが行ってもあまり役にはたたないような…」
「…届かないんだ」
「?」
「足りないの。もうすこしなんだけど、足りないの。ぽっかりと。どこかに、ココロの亀裂に、おちこんじゃってるの。とても、とても大切だから、壊されないようにしまいこんじゃって、でも、でてこれなくなっちゃってるの」
「ふむ」
「ごうちゃんの力なら届くかもしれないから…」
…そういえば…今朝の夢。あれは、もしかして…
タ・ス・ケ・テ…
あ…また…
「瑠璃子さん…いまの、聞こえた?」
「うん。タスケテって…」
「この声、今朝もきこえたんだ。夢かとおもったけど、きっと同じ…」
「あ、ごうちゃんにも聞こえたんだ…」
…ヤクドをあとにして、僕たちは目的の場所へとむかった。
「すみません…あの、お見舞いに…」
瑠璃子さんが受け付けで看護婦さんと話してる。
病院。
独特の空気。
独特の臭い。
電気の粒も、どこかしら、外とちがうような気がする。ここは、喜怒哀楽の起伏が激しい場所だから、電波の動きもそととは少し違うのかもしれない?
タ・ス・ケ・テ…
あ、さっきよりも強い
ドコニイッタノ? ワタシノ、タイセツナ…
(大切な…なんだろう。良く聞こえない…)
くいっ。誰かが袖をひっぱる。
「ごうちゃん。いこう」
あ、瑠璃子さん
「あ、ごめん、ごめん。いこうか」
病室。
四角い空間。
白い空間。
窓際にベッド。
窓際には花瓶。
きれいな花が生けてある。これ、なんの花だったっけ?
白いシーツ。
そこにぽつんと。
彼女がいた。
鈍い光をたたえた眼。頬にはうっすらとあの時の傷痕が残っている。まるで銅像のようにじっと座っていて動かない。
「こんにちは。ひさしぶりだね」
と、時間が流れた。ゆっくりと顔がこっちをむく。つややかな黒い髪がゆれる。でもその瞳の焦点はあっていない。そして、また、そのまま、時がとまる。
「くすくす。元気そうだね。よかった。そうそう、今日はちょっとお手伝いさんつれてきたんだよ。ね」
「こ、こんにちは」
反応がない。ただのしか(以下略)
「…ごうちゃん…」
「うん」
瑠璃子さんが彼女の手をとる。僕は瑠璃子さんの肩に手をかける。
「…それじゃ、いこうか…」
ちちっ、ちりっちちっちりちりちりちりちりちり…
瑠璃子さんの周りに電気の粒があつまってくる。やわらかな波動が満ちていく。僕も力をゆっくりと慎重に解放する。力の波長を瑠璃子さんに同調させていく…
ちりちりちりちりちりちりちりちりちり
僕と瑠璃子さんの電波が彼女のなかに染み透っていく。意識が同調する。ココロが重なりあっていく。
落ちていく感覚。深く、深く、闇の中へ。深く、もっと深く…
ゆっくりと目を開く。ここが彼女のココロの世界なのか?
広い。ただ広い。
白い。ただ白い。
彼女はいったいどこにいるのだろう…そうだ…瑠璃子さんは…あ、僕のとなりに……
っぶっ
「どうしたの? ごうちゃん」
「る、る、る、瑠璃子さん、ななな、なんではだ…」
「………えっち」
おろ
「電波で感じてるんだから思ったままの姿でみえるはずだよ…」
あぅ
「ごうちゃんのえっち…」
あうぅぅう
……とりあえずこれでよし。制服もいいけど、やっぱだぶだぶのパジャマがかわいくていいよな。ちなみに、にんじんの絵柄だ。ふふふぅ
じーーーーーー
「ど、どうしたの、瑠璃子さん」
「…なんでもないよ。さ、探そう…」
どのくらい来ただろう。風景が変る様子はない。ただ白いだけだと思ってたけど、よくよく見るとすこし違う。あちらこちらに。割れた痕。くずれた痕。無数のヒビが地面をおおっている。
「…ごうちゃん、あれ…」
瑠璃子さんが袖をひっぱる。そちらを向く。
あ…
白く広がる地面にポッカリと黒い口。ここからでもわかる。地面が大きくさけている。
タスケテ…
!?
この声は。瑠璃子さん…
コクン
うん、いってみよう…
……そこに彼女はいた。あの日、あの時の、あの姿のままで。
タスケテ
虚ろな目。顔には包帯。そのとけかけたすきまに生々しい傷がうかぶ。
……タスケテ
両の腕で己の体を強く、強く、抱きしめている。もし、その手をはなすと、体がくずれていってしまうのではないだろうか? そう思えた。
……タリナイノ
何がたりないんだろう? あ…
胸
その中央
ココロ
白いこの世界にぽっかり開いたこの深い亀裂のように。そこだけがカケ落ちていた
オネガイ、タスケテ…
彼女の口はうごかない。胸にぽっかりとあいた風穴。
ドコニイッタノ?
声だけがひびく。
「だいじょうぶだよ…」
ぴくっ。顔がゆっくりとあがる。
虚ろな目。
タスケテクレルノ?
「うん (にこっ)」
こぼれおちる一滴の雫。るりこさんがかのじょの頬に手をあてる。
「ごうちゃん…力を貸して…」
「うん」
ちなみに今日のボクの役目はただのアンプである (ぉ)。電波増幅装置。特性は線形領域も広くて抜群。真空管はつかってません。
もう一方の手をしっかりとにぎる。
デテオイデ…モウ、ダイジョブダヨ…
瑠璃子さんがつむぎだす電波。暖たかで柔らかい電波。増幅された電波はこの白い世界のすみずみにまで満ちていく……
……受付にて
「…あの、お見舞いにきたんですが…はい。204号室の…えっ、他にも来てる?…」
・・・
ちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちり
どこにいるの? どこいるの? ボクの力で増幅された瑠璃子さんのオモイはこの世界のあらゆる場所に遍在しているはずだ。過去、現在、未来の夢。いくつものココロの部屋の扉のドアをたたく。ときおり、その呼び掛けに反応するものがある。宝石のような物。楽しかったこと。うれしかったこと。でも、そのどれもあの穴にはぴったりとははまらない。またこのひびだらけの世界のひびだらけの海の底にとけこんでいってしまう……
・・・
……ゆっくりと階段を上がる。とんとんとん。ここの階段は14段。踊り場があって、今度は12段…
…でも、だれがきてるんだろう? 月島さん…かな?
……ちりちりちり……
あつっ
いまのなんだろ。なにかが頭の中をとおりぬけていくような感覚がしたみただけど。
これって…どこかで…
……ちりちり…タス…テ…ちりちり……
あっまた…
何? 何なの?
……ちりち … タスケテ … ちりちり …ミズ… ちり …
えっ? いまの…
香奈子ちゃんの…声???
とたたたた
香奈子ちゃん
… タスケテ…
香奈子ちゃん
…タリナイノ…
かなこちゃんかなこちゃんかなこちゃん
…ミズホ…
はぁはぁはぁ
扉。
白い扉。
プレートには「太田香奈子」と名前がかいてある。ノブに手をかけてゆっくりと
「…だめ」
えっ?
「だめ、もうきちゃう!」
ど、どうしたの、瑠璃子さ…
まわす。扉をひらくとそこには…
「えっ」
香奈子ちゃんと、それから、月島さんの妹さんと、それから、それから、
「だ、誰な…」
きーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん
ちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちり
視界が揺れる。頭の中を電気の粒がたくさん、たくさん、とおりすぎていくような感覚。これは、そう、これは。
アノヒの。ソウ、カナコチャンが、コワレチャッタのハ…
膝ががくがくふるえる。足に力がはいらない。ワタシのカラダがワタシのものジャナクなってく。
いや。だめ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
とつぜん何も見えなくなる。
香奈子ちゃ…
(続く)