2月中頃のとある金曜日:
きーんこーんかーんこーん。終業のチャイムだ。教室の空気がざわつきはじめる。楽しい楽しい週末。が、僕は忙しい。ちょっと親戚のところで泊まり込みでバイトだ。引っ越しの荷物はこびでつかれるが、バイト料ははずんでくれるらしい。
そそくさと道具を鞄につめこんで、いつもの場所に行く準備をする。今日も彼女はきっとあそこにいる。今日も晴れてるから。
と、
ちりちりちりちり…
この感覚は…
後ろをふりかえる。
教室の扉のところに彼女がいた。きょろきょろ。細い綺麗な髪の毛がふわっとゆれる。誰かを探している。僕に気付いた。
にこっ
ちょっとびっくり。彼女のほうから僕の教室に会いにくるなんてほんと珍しい。いつもはいつもの場所で空を見あげながら、僕がくるのをじっと待っている。
とてとてとてとて
「ごーうちゃん♪」
「どうしたの、瑠璃子さん。珍しいねー」
「うん」
にこっ
「ちょっと今日は急ぐから」
「あ、なにか用事でもあるの? じゃあ、まあ、たまにはさっさと帰ろうか」
鞄をもってたちあがる。
「あ、今日はごうちゃん一人で帰ってもらえないかな…」
「ん? どうして」
「えっと…ちょっと…ね」
ふみゅ。瑠璃子さんが「だめ?」って目でぼくをじーーとみる。なにか内緒にしたいのかな。まあ聞くのは野暮ってもんだろう。
「あ、うん、わかった。それじゃ今日は一人で帰るよ」
「ごめんね…」
「気にしなくていいよ。それじゃ」
「うん。それじゃまた明日 (にこっ)」
・・・
同日夕刻月島邸:
なにやら瑠璃子の機嫌が良い。
いろいろ買ってきてたと思ったら、なにか台所のほうでつくってるようだ。甘い香りがただよってくる。覗きにいったら、来たらだめって言われてしまった。…まてよ? そういえば明日は…そ、そうか、私のために…ふふふふふ
TRRRRRRRR…TRRRRRRRRR…
「あ、電話」
とたとた…
ちょっと覗いてしまおう…
おお、やはりそうか。お、「おにいちゃんへ」うむうむ。…あれ? こっちのでかいのは…ごうち…
ゆ、ゆるさーーーーーん。こんなものはこうしてくれるわーーーー
ばくばくむしゃむしゃがつがつ…
ふははははははは
「お兄ちゃん? なにして…あ…」
はっ、る、るりこ、ちがうんだ、これは、これは
「お、に、い、ちゃ、ん」
ちりちりちり
あああ、るりこ、ごめんよ、るりこ、ゆるしてくれーーーーーーー
・・・
翌日夕刻月島邸:
TRRRRRRRR TRRRRRRRR…
…おかしいなぁ。ごうちゃん、どこいっちゃったんだろ…
・・・
同時刻親戚の家:
さて、休憩だ。
「おつかれさまー。お茶にしましょう」
「あ、どうもー」
「そうそう、はい、これあげる」
「…ん? これは?…」
「チョコよ。がんばってもらってるからね。あ、けっこういいお店のなのよ。まとめて買ったやつだけどねー」
…そういえばそういうイベントも世間には存在したな…縁がないからすっかりわすれて…ん?
「うん。それじゃまた明日。(にこっ)」
あ゛……
・・・
翌日お昼 ごう's House:
ぴんぽーん
…やっぱりいない。どうして?
・・・
同日夕刻月島邸:
どうも瑠璃子の機嫌が悪い。
晩ごはんもなんか適当だった。切り方も味付けも。うむ、やはりこないだのはまずかったか。もういちどあやまっておこう…
「あの、瑠璃子…」
「…なぁに、おにいちゃん…」
ちりっちりちり…
あうう、なんかこわい、かも
・・・
同日深夜;
ちりちりちりちりちりちりちりちりちり……ごうちゃん、聞こえないの? もう、私のこと、きらいになっちゃったの、かな……ぐすっ
・・・
月曜朝:
ちゅんちゅん、ちゅんちゅん…
うーむ、朝か…ううっ、あたまいてーー。
がばっ
…げ、やば。遅刻する。
急いで服を着替えて階段をかけおりる。
「いってきまーす」
朝飯も食べずに走る。仕事がおわったから早々に帰ろうかとおもったら、いきなり真っ昼間から宴会がはじまって、じゃあちょとだけとかいってたら…そのあとをよく覚えてない。うむむ。未成年に酒をのませちゃいかんだろうに。
…ふう、なんとかまにあった…
きーんこーんかーん
一時限目が終了。瑠璃子さんの教室にいく。
うーむ、やっぱあれってそうだったんだよなー。おこってるかなーー。
あれ? いないや…いつものところかな。
ここにもいない…
電波の声に耳をすませる。瑠璃子さん…どこ?……
ノイズとどうでもいい(ぉ 声だけが聞こえてくる。うむむむ、どこにいったんだろう。おやすみなのかな? しかたない、教室にもどろ…
「きゃっ」
ぬ、瑠璃子さんの声…ふりかえると、屋上の上のさらに一段たかく突き出た部分にのぼる鉄パイプの階段で、瑠璃子さんが足をふみはずして、ちと落ちたようだ。
「る、瑠璃子さん、だいじょうぶ?!」
急いでかけよる…あ、逃げた。
「いたっ」
足をくじいたようだ。
「瑠璃子さん!!!!」
つかまえた。
「どうして逃げるの?」
げ、泣いてる。
「だって、だって、ごうちゃん、もう私のこと…」
あらららら (^^;;;
突然瑠璃子さんの唇をうばう。
きーんこーんかーんこーん
次の時間か。却下。
ふう。ちと長かったかな。
「おちついた? 瑠璃子さん」
さらさらの髪をなでる。なでなでなで
「ごうちゃん…」
「ごめんよ、ちょっとおとといはこの町にいなかったんだ。あと昨日は、ちと飲みすぎで倒れてたから、電波がきこえなかったんだ…(^^;;;」
「じゃあ、私のこと嫌いになったわけじゃ…」
「んなわけないでしょ (^^;;」
ごしごし。涙をふく。ぎゅっ。瑠璃子さんがしがみついてくる。瑠璃子さんの電波を感じる。
・・・
下では授業中:
「……どう?」
「うん、おいしいよー」
「くすくす。よかった。ちょっと隠し味で電波はいってるんだよ」
「え、あ、そうなの? そういわれると、ちょっとぴりぴりするかも……」
「くすくす。冗談だよ」
「はぅン」
……
「…でも、やっぱり14日に食べてもらいたかったなー」
「ごめん (^^;; でも、まあ、瑠璃子さんの作ったものならいつでも嬉しいけどなー」
「あ、ごうちゃんしらなかった?」
「え、何を?」
「毎年 2/14 には地球をとりまくバン・アレン帯の活動が活発になって、電波がよくとどきやすくなって、思いがよく伝わるんだよ」
「…あの、瑠璃子さん…」
「なぁに?」
「それ、誰から聞いたの?」
「おにいちゃん」
「……」
・・・
同日夕刻月島邸:
「あ、おにいちゃん、おかえり」
「…ただいま」
「今日はあったかいシチューだよー。おいしいとおもうよ。くすくす」
…謎だ。なぜこんなに機嫌がいいんだろう…
終わり